「いつか、あの場所(ばしょ)で…」(2009/05/07)
「大空(おおぞら)に舞(ま)え、鯉(こい)のぼり」1
いつも引(ひ)っ越(こ)してばかりで、私(わたし)には故郷(ふるさと)と呼(よ)べるような場所(ばしょ)はないんだ。転校(てんこう)したのだってこれで三回目(さんかいめ)。そのたびに友達(ともだち)を作(つく)り直(なお)さないといけない。これが結構大変(けっこうたいへん)なんだ。
ママみたいにはなれない。ママはどこへ行(い)ってもすぐに馴染(なじ)んでしまう。これは才能(さいのう)の一(ひと)つだわ。いつも感心(かんしん)しちゃう。私(わたし)は不器用(ぶきよう)。それに…、みんなが思(おも)っているような良(い)い子(こ)じゃない。可愛(かわい)くもないし…。私(わたし)は自分(じぶん)の顔(かお)が嫌(きら)いなんだ。この顔(かお)のせいでいつも苦労(くろう)するの。もっとブスになりたい。本当(ほんとう)の私(わたし)は違(ちが)うんだから。どこへ行(い)ってもそうなんだ。いつも自分(じぶん)を装(よそお)って、みんなが思(おも)っているようになろうとしている。自分(じぶん)を誤魔化(ごまか)して…。
今度(こんど)だってそうなの。誰(だれ)と友達(ともだち)になれば上手(うま)くやっていけるか。まず考(かんが)えるのはこのことなの。これが今(いま)の私(わたし)の唯一(ゆいいつ)の才能(さいのう)なのかもしれない。ゆかりに近(ちか)づいたのだって、彼女(かのじょ)と友達(ともだち)になれば自分(じぶん)を守(まも)れると思(おも)ったから。…私(わたし)はずるい子(こ)なのかもしれない。
高太郎君(こうたろうくん)の言(い)ったことが、まだ私(わたし)の中(なか)に突(つ)き刺(さ)さっている。自分(じぶん)の心(こころ)の中(なか)を見抜(みぬ)かれてしまったような、そんな気(き)がした。だから私(わたし)も…。いつもならあんなことしないのに…。あれ以来(いらい)、高太郎君(こうたろうくん)とは気(き)まずいままになってしまった。
高太郎君(こうたろうくん)は他(ほか)の子(こ)とは違(ちが)っていた。私(わたし)を特別(とくべつ)な目(め)で見(み)ないし、馴(な)れ馴(な)れしく話(はな)し掛(か)けてくることもなかった。こんな子(こ)は初(はじ)めてかもしれない。私(わたし)もゆかりみたいになれたらいいのに。そしたらこんなカーテンなんか開(あ)けちゃって、彼(かれ)に話(はな)し掛(か)けることだって出来(でき)るのに…。もう一度(いちど)やり直(なお)せたらどんなに良(い)いか。…でも、私(わたし)のこと嫌(きら)いだったら? もしそうだったらどうしよう。
日曜日(にちようび)、ゆかりが突然(とつぜん)やって来(き)た。いつも元気(げんき)だなぁ。悩(なや)み事(ごと)なんかないみたい。
「よっ、さくら。何(なに)してるの? せっかくの休(やす)みなのに」
「別(べつ)に…」
「何(なん)だよ、カーテン閉(し)め切(き)っちゃって。外(そと)、良(い)い天気(てんき)だぜ」
ゆかりはカーテンを開(あ)けて、窓(まど)を全開(ぜんかい)にする。気持(きも)ちの良(い)い風(かぜ)が吹(ふ)き込(こ)んでくる。私(わたし)の心(こころ)のもやもやを晴(は)らしてくれるように。
「あれ、あいつの部屋(へや)だ。こんなに近(ちか)いんだ。ねっ、あいつと話(はな)したりしてる?」
「ううん…」
「いいなぁ、ここだったら夜遅(よるおそ)くまで喋(しゃべ)ってても怒(おこ)られないよね」
私(わたし)はどう答(こた)えたらいいか分(わ)からなかった。ただ頷(うなず)くだけ…。
「高太郎(こうたろう)って良(い)い奴(やつ)だよ。ときどきバカやるけど。…あいつのこと嫌(きら)いになっちゃった?」
「そんなこと…」
「だったら、これから隣(となり)に行(い)かない? 鯉(こい)のぼり、見(み)に行(い)こう」
楽(たの)しそうにそう言(い)って、私(わたし)を強引(ごういん)に連(つ)れ出(だ)そうとする。私(わたし)は突然(とつぜん)のことに動転(どうてん)して…、
「行(い)けないよ。私(わたし)、嫌(きら)われてるもん」
「そんなことないって。いいわ、私(わたし)が仲直(なかなお)りさせてあげる。もし高太郎(こうたろう)がなんか言(い)ったら、私(わたし)がぶっ飛(と)ばしてやるから」
<つぶやき>こんな頼(たの)もしい友達(ともだち)がいたら、頼(たよ)ってしまうかもしれません。私(わたし)は…。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。