「別(わか)れの杯(さかずき)」(2008/11/23)
女(おんな)は部屋(へや)を出(で)て行(い)こうとしていた。男(おとこ)は女(おんな)を呼(よ)び止(と)めて、「もう行(い)くのかい?」
「ええ。いつまでもここにはいられないわ」女(おんな)は淋(さび)しげに微笑(ほほえ)んだ。
「いいじゃないか。もう少(すこ)しいてくれても」
「切(き)りがないじゃない。いつまでも、こんなことしてちゃだめよ」
「あと一杯(いっぱい)だけ。なあ、いいだろう」男(おとこ)は女(おんな)に杯(さかずき)を差(さ)し出(だ)した。
女(おんな)は男(おとこ)に寄(よ)り添(そ)うように座(すわ)ると、何(なに)も言(い)わず杯(さかずき)を受(う)け取(と)った。そして、酒(さけ)を注(そそ)ぐ男(おとこ)の顔(かお)を静(しず)かに見(み)つめた。女(おんな)の目(め)からひとしずく涙(なみだ)がこぼれ、口元(くちもと)に持(も)ってきた杯(さかずき)にきらきらとこぼれ落(お)ちた。女(おんな)はわずかに口(くち)をつけ、杯(さかずき)を男(おとこ)に返(かえ)す。女(おんな)の目(め)には強(つよ)い決意(けつい)が現(あらわ)れていた。
「また、会(あ)えるかい?」男(おとこ)は女(おんな)の手(て)を強(つよ)くにぎり、「必(かなら)ず会(あ)いに行(い)くから。いいだろ?」
「もうよしましょう。辛(つら)くなるだけよ。きっと、いい人(ひと)に出会(であ)えるわ。だから…」
「僕(ぼく)は、君(きみ)でなくちゃ…」男(おとこ)は女(おんな)の悲(かな)しそうな顔(かお)を見(み)て、手(て)をゆるめた。「そうだな…、もうよすよ。でも、君(きみ)のことは忘(わす)れないから。僕(ぼく)の心(こころ)の中(なか)で君(きみ)は…」
――そこで男(おとこ)は目(め)を覚(さ)ました。ふと、彼女(かのじょ)の姿(すがた)を探(さが)して部屋(へや)を見(み)まわす。誰(だれ)もいない現実(げんじつ)が突(つ)き刺(さ)さり、男(おとこ)はため息(いき)をついた。飲(の)みかけの杯(さかずき)に目(め)がとまり、男(おとこ)はぐいと飲(の)み干(ほ)した。燗冷(かんざ)ましが喉(のど)を通(とお)り、身体(からだ)の芯(しん)までしみ込(こ)んだ。
<つぶやき>男(おとこ)は恋(こい)に溺(おぼ)れ、必死(ひっし)にもがいて…。それでも、男(おとこ)は恋(こい)を追(お)い求(もと)めるのです。
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