「記念写真(きねんしゃしん)」(2009/05/03)
とある山(やま)の頂上付近(ちょうじょうふきん)に、一本(いっぽん)の樫(かし)の大木(たいぼく)が立(た)っていた。そこからは遠(とお)くまで見渡(みわた)せて、なかなかの眺(なが)めである。ここは有名(ゆうめい)な観光地(かんこうち)でもなく、ハイキングコースにもなっていなかった。
初夏(しょか)の晴(は)れた日(ひ)。樫(かし)の木(き)の前(まえ)で三脚(さんきゃく)を立(た)てている初老(しょろう)の男(おとこ)がいた。毎年(まいとし)、同(おな)じ日(ひ)に夫婦(ふうふ)そろってこの場所(ばしょ)に来(き)て、記念写真(きねんしゃしん)を撮(と)っていたのだ。もう三十年以上(さんじゅうねんいじょう)も続(つづ)けている行事(ぎょうじ)で、幸(さいわ)いなことに<悪天候(あくてんこう)で延期(えんき)>になったことはなかった。この夫婦(ふうふ)には二人(ふたり)の娘(むすめ)がいた。娘(むすめ)たちが小学生(しょうがくせい)の頃(ころ)までは、いつも一緒(いっしょ)に写真(しゃしん)を撮(と)っていた。でも、娘(むすめ)たちが成長(せいちょう)するにつれ、あまりついて来(こ)なくなった。娘(むすめ)たちは思(おも)っていたのかもしれない。この日(ひ)は両親(りょうしん)にとって特別(とくべつ)な日(ひ)だから、二人(ふたり)だけにしてあげようと。そんな娘(むすめ)たちもいまは嫁(とつ)いで、ここ数年(すうねん)は夫婦二人(ふうふふたり)だけに戻(もど)ってしまった。
でも、今年(ことし)はいつもと違(ちが)っていた。半年前(はんとしまえ)に妻(つま)が亡(な)くなってしまったのだ。一人(ひとり)になってしまった男(おとこ)は、気(き)が抜(ぬ)けてしまったように見(み)えた。父親(ちちおや)のことを心配(しんぱい)した娘(むすめ)たちは、なにかにつけて実家(じっか)に顔(かお)を出(だ)すようになった。可愛(かわい)い孫(まご)たちを引(ひ)き連(つ)れて。その甲斐(かい)あってか、男(おとこ)は元気(げんき)を取(と)り戻(もど)した。遊(あそ)び回(まわ)っている孫(まご)たちの笑顔(えがお)を見(み)ていると、生(い)きる力(ちから)がどこからか不思議(ふしぎ)とわいてくるのだ。
男(おとこ)はもう記念写真(きねんしゃしん)を撮(と)るのは止(や)めようと思(おも)っていた。でもその日(ひ)になってみると、早(はや)く目(め)が覚(さ)めてしまってどうにも落(お)ち着(つ)かない。妻(つま)の位牌(いはい)に手(て)を合(あ)わせて、「今日(きょう)はどうしようか?」と訊(き)いてみた。そんなこんなで、やっぱり今年(ことし)も来(き)てしまったのだ。
男(おとこ)はカメラを覗(のぞ)いて、いつもの場所(ばしょ)にピントを合(あ)わせた。本当(ほんとう)ならそこには妻(つま)が立(た)っていて、あれこれと注文(ちゅうもん)をつけているはずなのに…。そう考(かんが)えると、男(おとこ)はなんとも言(い)えない淋(さび)しさを感(かん)じた。カバンから妻(つま)の写真(しゃしん)を取(と)り出(だ)すと、「さあ、撮(と)るよ。今年(ことし)も良(い)い天気(てんき)になってよかったね」とつぶやいて、カメラをタイマーに切(き)り替(か)えた。
ふと、誰(だれ)かに呼(よ)ばれたような気(き)がして男(おとこ)は振(ふ)り返(かえ)った。見(み)ると、娘(むすめ)たちがまだ小(ちい)さな子供(こども)たちを連(つ)れてこちらへ登(のぼ)って来(き)ていた。孫(まご)たちはおじいちゃんを見(み)つけると手(て)を振(ふ)った。
「お前(まえ)たち、どうしてここに?」やっとたどり着(つ)いた娘(むすめ)たちに男(おとこ)は声(こえ)をかけた。
「やっぱり来(き)てた」長女(ちょうじょ)はそう言(い)うと、「どう、私(わたし)の言(い)ったとおりでしょう」妹(いもうと)に向(む)かって自慢気(じまんげ)につぶやいた。
「はいはい。さすがお姉(ねえ)ちゃん。まいりました」妹(いもうと)は芝居(しばい)がかった口調(くちょう)で答(こた)えると、姉妹二人(しまいふたり)で子供(こども)に戻(もど)ったように笑(わら)いあった。
孫(まご)たちはあっけにとられている男(おとこ)に駆(か)け寄(よ)ってきて、来(く)る途中(とちゅう)で摘(つ)んできた花(はな)を手渡(てわた)した。男(おとこ)は孫(まご)たちのことを心配(しんぱい)して、「大変(たいへん)だったろう。疲(つか)れやしなかったか?」
「大丈夫(だいじょうぶ)よ。私(わたし)の娘(むすめ)だもの」次女(じじょ)はそう言(い)うと、「私(わたし)も小(ちい)さい頃(ころ)ここに来(き)てたじゃない」
「ねえ、いっしょに写真撮(しゃしんと)ろうよ。いいでしょう、お父(とう)さん」長女(ちょうじょ)はそう言(い)うと、子供(こども)たちをいつもの場所(ばしょ)に連(つ)れて行(い)き、並(なら)ばせ始(はじ)めた。
「ちょっと、お姉(ねえ)ちゃん。そっちは私(わたし)の場所(ばしょ)でしょ。間違(まちが)えないでよね」
男(おとこ)はまるで昔(むかし)に戻(もど)ったようで、しばらく二人(ふたり)のやりとりを見(み)つめていたが、
「よし。じゃあ撮(と)るぞ。今年(ことし)は、良(い)い写真(しゃしん)が撮(と)れそうだ」
<つぶやき>家族(かぞく)って、いるのが当(あ)たり前(まえ)で…。だから、たまには抱(だ)きしめてあげよう。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。