「人生(じんせい)ループ」(2025/05/07)
私(わたし)は死(し)んでもすぐに産(う)まれ変(か)わるという特別(とくべつ)な能力(のうりょく)を持(も)っている。つまり何度(なんど)でも人生(じんせい)をやり直(なお)すことができるのだ。それに、前世(ぜんせ)の記憶(きおく)が残(のこ)っているので、同(おな)じ間違(まちが)いを繰(く)り返(かえ)すことはない。しかも、その前世(ぜんせ)の記憶(きおく)は中学(ちゅうがく)に入(はい)る頃(ころ)から少(すこ)しずつ思(おも)い出(だ)していくようだ。だから、小学生(しょうがくせい)の時分(じふん)にひねた子供(こども)に見(み)られることはなかった。これは幸運(こううん)と言(い)えるだろう。
私(わたし)は思(おも)った。せっかく長(なが)く生(い)きているのだから、何(なに)かを発明(はつめい)するとか、新(あたら)しい装置(そうち)を作(つく)るとか、時間(じかん)のかかる研究(けんきゅう)ができるはずだ。しかし、こればかりは…。私(わたし)は、理系(りけい)は得意(とくい)ではない。というか、あまり好(す)きになれない。これは、何度(なんど)産(う)まれ変(か)わっても変(か)わらないみたいだ。そうなると、私(わたし)は何(なに)をすればいいのか? 何(なに)か得意(とくい)なものがあればいいのだが、これといって思(おも)いつくものはない。これじゃ、せっかくの能力(のうりょく)が無駄(むだ)になってしまう。
何(なん)のためにこんな能力(のうりょく)があるんだろう? こんな平凡(へいぼん)な人間(にんげん)には必要(ひつよう)ないはずだ。なのに、どうして…。もう無限(むげん)ループに迷(まよ)い込(こ)んでしまった気分(きぶん)だ。私(わたし)にもう少(すこ)し文才(ぶんさい)があればいいのだが…。そしたら、いろんな人生(じんせい)の機微(きび)を小説(しょうせつ)として発表(はっぴょう)できるはずだ。だが、そんな才能(さいのう)は存在(そんざい)しないのだ。
私(わたし)に何(なに)ができるのか…。これは、人生(じんせい)をかけて見(み)つけるしかないのかもしれない。私(わたし)には、時間(じかん)だけはたっぷりあるのだから。そして、絶対(ぜったい)に何(なに)かを生(う)み出(だ)してやるのだ。
<つぶやき>誰(だれ)にでも、なにかしら得意(とくい)なものがあるはずです。ゆっくり探(さが)してみましょ。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。