「作家(さっか)の気晴(きば)らし」(2009/06/23)
とある落(お)ち目(め)の作家(さっか)の書斎(しょさい)。新米(しんまい)の編集者(へんしゅうしゃ)がはりついている。
先生(せんせい)「うーん。あーぁ。んがーぁ……。だめだ、書(か)けない。(編集者(へんしゅうしゃ)に)君(きみ)ね、ちょっと向(む)こうに行(い)っててくれないか。どうも、気(き)が散(ち)っていけない」
編集者(へんしゅうしゃ)「だめです。僕(ぼく)が離(はな)れたすきに、逃(に)げようとしてるでしょう。今度(こんど)はだまされませんよ。今日(きょう)が締切(しめきり)なんですから、がんばって書(か)いて下(くだ)さいよ」
先生(せんせい)「そうは言(い)うけどね、書(か)けないものは書(か)けないよ」
編集者(へんしゅうしゃ)「お願(ねが)いします。今日(きょう)、原稿(げんこう)を持(も)って帰(かえ)らないと、編集長(へんしゅうちょう)に何(なん)て言(い)われるか」
先生(せんせい)「そうね。でも、まあ、クビにはならんだろう。君(きみ)、知(し)ってるかね。あの編集長(へんしゅうちょう)の武勇伝(ぶゆうでん)。彼女(かのじょ)はね、ああ見(み)えても、柔術(じゅうじゅつ)の達人(たつじん)でね」
編集者(へんしゅうしゃ)「先生(せんせい)。この間(あいだ)は、大和撫子(やまとなでしこ)で日本(にほん)女性(じょせい)の鏡(かがみ)だって言(い)ってませんでしたか?」
先生(せんせい)「えっ、そんなこと言(い)ったかな。そうか、大和撫子(やまとなでしこ)で柔術(じゅうじゅつ)の達人(たつじん)なんだよ」
編集者(へんしゅうしゃ)「もう、いいですから。早(はや)く原稿(げんこう)を書(か)いて下(くだ)さい」
先生(せんせい)「せっかちだね。そんなだから、彼女(かのじょ)に嫌(きら)われるんだよ」
編集者(へんしゅうしゃ)「そんなことないですよ。彼女(かのじょ)とは…」
先生(せんせい)「うまくいってるの?」
編集者(へんしゅうしゃ)「それは、まあ、それなりに…」
先生(せんせい)「はっきりしないねぇ。ほら、この間(あいだ)の誕生日(たんじょうび)。私(わたし)の言(い)った通(とお)りにしたんだろ。(間(ま))しなかったの? だめだよ、君(きみ)。女性(じょせい)にとって誕生日(たんじょうび)とは、一種(いっしゅ)のバロメーターなんだよ。相手(あいて)の男(おとこ)を査定(さてい)してるんだ。だからこそ、男(おとこ)はそこに勝負(しょうぶ)を賭(か)けなきゃ」
編集者(へんしゅうしゃ)「しましたよ。先生(せんせい)の言(い)った通(とお)りに…」
先生(せんせい)「そうか。それで、どうだったんだ?(間(ま))もう、じれったいなぁ。はっきりしない男(おとこ)は嫌(きら)われるぞ」
編集者(へんしゅうしゃ)「でも、何(なん)で彼女(かのじょ)の誕生日(たんじょうび)に、禅寺(ぜんでら)で半日(はんにち)コースの修業(しゅぎょう)をするんですか?」
先生(せんせい)「あの禅寺(ぜんでら)は良(よ)かっただろ。心身(しんしん)ともに鍛(きた)えられて。あそこの半日(はんにち)コースはな、お勧(すす)めなんだよ。値段(ねだん)も手頃(てごろ)だしな。君(きみ)の彼女(かのじょ)も喜(よろこ)んだろ」
編集者(へんしゅうしゃ)「どうかな。でも、僕(ぼく)はつらかったですよ。もう、足(あし)はしびれるし…」
先生(せんせい)「だめだよ。彼女(かのじょ)の前(まえ)でそんな弱音(よわね)を吐(は)いちゃ」
編集者(へんしゅうしゃ)「でも、先生(せんせい)。最後(さいご)のホテルっていうのは、どうなんですか?」
先生(せんせい)「良(よ)かっただろ、あのホテル。あそこのディナーは最高(さいこう)なんだよ」
編集者(へんしゅうしゃ)「それ、いつの話(はなし)ですか? 僕(ぼく)たちが行(い)ってみたら、ラブホになってましたけど」
先生(せんせい)「えっ? そうなの。うふ、うふふ…。良(よ)かったじゃない。盛(も)り上(あ)がっただろ」
編集者(へんしゅうしゃ)「それどころか、ひかれちゃいましたよ。彼女(かのじょ)、そのまま帰(かえ)っちゃって…」
先生(せんせい)「そうなの。君(きみ)の彼女(かのじょ)は奥手(おくて)なんだねぇ。そうだ。これを書(か)いてみるかな」
編集者(へんしゅうしゃ)「ちょっと、やめて下(くだ)さいよ。変(へん)なこと書(か)かないで下(くだ)さい」
先生(せんせい)「大丈夫(だいじょうぶ)だよ。君(きみ)のことだとは分(わ)からないさ。それとも、原稿(げんこう)できなくても…」
編集者(へんしゅうしゃ)「もう。先生(せんせい)、まさか原稿(げんこう)のネタがほしくて、僕(ぼく)にあんなことさせたんですか?」
先生(せんせい)は含(ふく)み笑(わら)いをして、原稿用紙(げんこうようし)に向(む)かいペンを走(はし)らせた。
<つぶやき>書(か)けない時(とき)には、ちょっとした息抜(いきぬ)きの充電(じゅうでん)が必要(ひつよう)なんでしょうね。
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